2009年11月5日 広がりを創るという事。

GReeeeN電撃解散、歯科医の道歩む
※日刊スポーツ新聞社
S社のF田社長もおっしゃる通り、インターネット上にCGM(ユーザー参加/ユーザー投稿型コミュニティ)メディアが産まれた事で作り手の裾野が広がり、コンテンツは質から量の時代を迎えた。
そしてそれらの流通量が増える過程の中で、おのずと量から質への転換が起こり、消費者が「お金を払っても良い」と思えるコンテンツが産まれてきている。
これがここ最近のコンテンツビジネスの一面なのではないかと思う。
GReeeeNの登場はまさにこの要素が強いと思うのだが、何より解散までの軌跡については、何と言うか今の時代ならではの側面を持っているように思えてならない。
あれだけの能力を持っているにも関わらず、見事とも言える引き際。
アイディールがコンタクトを取ったクリエイターの中でも、ニコニコ動画でトップを取れるほどのコンテンツを産み出す才能を持っているにも関わらず、大学から大学院に進学。将来はきちんと就職をしたい、と言う。
また、あるプログラマーは勤めていた会社を辞めた後に、1人でコツコツゲームを作って会員数を伸ばしている。月に30~40万円くらい稼げるようになれば、タイで過ごす、と。
共通しているのは、無理をしない。という事なのかもしれないし、過度な期待をしない。という事なのかもしれない。
例えば(全然きちんとした過程で経験してないけれど…)就職氷河期だった僕ら30歳前後の人間(ナナロク世代)は、社会に出た頃から社会そのものに一切期待なんてしていなかった。
そういうのが世代間で積み重なってきて、こういう「起業スタイル」みたいなものがイマドキになってきたのかもしれない。
これを勿体ない、とか言うのは、正直オジサンくさいと思う。
時代によって、色々な事は変わっていくのだ。
ただそれでも、ほんの少しでも誰かを幸せに出来るコンテンツを産み出せるなら。
それが積もり積もって、世界中に大きなムーブメントを産み出せる可能性を持っていたとしたら。
僕はどうしても勿体ないと感じてしまうのだ。
何度も言うようにインターネットは才能のあるクリエイター達が自らをアピールする場を作った。
次はこのメディアの中から優秀なクリエイターの発掘・育成、そして生涯に渡って守る事。こういう事がすごく大事な役割なのかもしれないと感じる。
コンテンツが世界を平和にする。
そして、それに少しでも携われる事が我々の最大の理念だからだ。
-2009年11月6日 追記-
これを書いた後、Y田から深夜に連絡があり「実は解散しないらしいですよ」と。
おっと、それは良かった♪
このニュース自体ははてなブックマークにも載るくらいだったのに、どうしてこうなった。

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